東京大神宮 結婚式と九条節子姫


東京大神宮 結婚式と九条節子姫のご紹介です。
縁結びの東京大神宮が神前結婚式の創始であることを知り、「お守り」の効果や「おみくじ」だけではなく、ある女性のことを知りました。

その御方は「九条節子姫」と申しますがご存知でしょうか?
東京大神宮が創始と云われる神前結婚式の大元になられた女性です。
九条節子姫の伝記を読み、思い浮かんできたのは東京大神宮の「縁結び鈴蘭守り」のお姿でした。

◆九条節子(くじょう.さだこ)姫とは
九条道孝公爵(旧摂家)の四女として、1884年6月25日に御誕生された、貴族のお姫さまなのですが、学校に入学されるまで農家に里子として出されており、裸足で野山を駆け巡っていたと云われています。その逞しく成長されたお姿から「九条の黒姫様」と陰では呼ばれたりもしたそうです。

■九条節子姫 結婚式
皇太子嘉仁親王(大正天皇)と宮中の賢所の神前で挙式(1900年5月10日 )されてます。

宮中賢所での御成婚に因み、東京大神宮が神前結婚の奨励に努められ、厳粛の中にも優雅である神前結婚式が、今日のように一般家庭に定着していくようになったと云われます

夫婦仲いたって睦まじく、大正天皇と御成婚後のお二人は、古き慣例を廃止して、夫の身辺は自らがお世話されたと伝わっています。

天皇の死後の貞明皇后(節子姫)は、大正天皇の遺影を安置したお部屋に籠もられ、午前中の大部分を過ごされていたそうです。

まるで「生ける人に仕えるよう」な有様だったと関係者が後に証言されています。

数多くの和歌を生涯に渡って遺されると共に、大正天皇の影響からか漢詩にも造詣深い聡明な女性でもありました。

蚕糸・絹業の奨励に努められ、身をもって救癩(ライ病、すなわちハンセン病)事業に貢献され、また、海洋国日本の灯台を守る燈台守の支援にも尽力されています。障害を慈善に尽くされた女性でもあるのです。


近代女子教育の研究家を相談相手に宮中に招かれる一方、皇室や神道のしきたりや伝統をとても大事にされていたそうです。

1951年(昭和26年5月17日) 国民の大きな悲しみのなか66歳で崩御され「貞明皇后」と追号されています。御陵は多摩東陵(たまのひがしのみささぎ)に葬られています。

日本国憲法下「皇室典範」に則ってて葬られた最初の皇族になられます。


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